胡桃の木の下で 

日記ではなく備忘録になっています。忘れっぽくなってきたので。

ユスラ・マルディニ著『Butterfly (バタフライ)』

 

バタフライ 17歳のシリア難民少女がリオ五輪で泳ぐまで

バタフライ 17歳のシリア難民少女がリオ五輪で泳ぐまで

 

『バタフライ 17歳のシリア難民少女がリオ五輪で泳ぐまで』

 ユスラ・マルディニ著 (朝日新聞出版) 2019年7月30日

 

図書館の新刊コーナーにあった。書評で紹介されていた本だわ。さっそく借りてくる。

 

シリア難民の少女が姉や親族、友人とトルコからボートでギリシャにわたり、ドイツへ行くまでの道中記とドイツでオリンピックにでるまでの葛藤を描いた書。

 

たしかに彼女は生き残ったし、恵まれた環境が与えられたのかもしれない。

でも、難民と言われる人が、ほんとうに普通に生活している人たち。命の危険に絶望して国を出る姿がよくわかる。わたしも部屋を見回す。いまこの家を捨てて、外国へ逃げなさいとなったら何を持っていく。お金(いつまでもつかわからない。仕事ないのだから)、すこしの着替え、大事な写真数枚、ノートパソコン、1冊の本を選ぶ。そして何よりスマホを持つだろう。

 

まえに、「難民なのにスマホをもって、飛行機でやってくる。贅沢だ」という書き込みをネットで見た。日本は鎖国されているのかな。スマホはもう世界中で当たり前なのだ。日本はスマホ持つのにお金がかかりすぎる。飛行機でなくて、歩いて来いというのかしら。

この間、アフリカの研究者がアフリカでも誰でもスマホをもっている。日本は、電話からポケベル、携帯、スマホと進化していったけれど、後進国といわれる国ではいきなりスマホを手にしている。それがふつうバージョンだから。世界はスマホの時代になっていたから。ガラケーなんてないのよ。

 

著者のユスラは、日本の中流家庭クラスの暮らし。でも、生活はだんぜんシリアのほうが豊かそう。ユスラと姉のサラが国外に出るときに、母親が姉妹の位置情報を確認できるように、電源を切ってもGPSが起動するアプリを入れている。そういうのがあるんだ。でも、娘たちの位置をスマホで見て心配する気持ちを考えたら、押しつぶされそうになる。スマホは現実をつきつけられる。

ユスラは、Facebookで離ればなれになった友人たちの消息を知る。爆撃で亡くなった子、旅の途中に命を落とす子。

そしてユスラの仲間ほどお金がないと、密航業者にお金わたせないから難民キャンプに足止めになり劣悪な環境での生活がつづく。ユスラは恵まれている。そう非難する人もいるかもしれない。一族は水泳アスリート。小さい時からアスリートになるため育てられる。学校が終わると、親の車でプールに連れて行かれる。車の中ではマイケル・ジャクソンを聞いて、英語の勉強をする。それが一夜にして、自宅に帰れない事態になる。爆撃を避けて点々と住まいを移し、死んでいく人を見ていくだけ。この戦争が何のために行われているのか、わからない。親だって仕事をなくせばたちまちお金に困る。財産家ではない普通の家である。

もちろんある程度お金がないと国外に脱出はできないかもしれない。でも、恵まれた環境はすでにない。あるのは爆弾が落ちてくる生活。有り金はたいて命をかけてボートに乗るしかない。もとは裕福で恵まれていても彼女たちは難民なのだ。

 ユスラは「難民」という言葉に葛藤を持つ。ほどこしを受けるのは嫌だと思う。「難民チーム」のメンバーとしてオリンピックに出るのも躊躇する。自分の実力で出たいと思う。しかし、シリアの現実を世界に知らせるため、難民とひとくくりにされるけれど、みんな、普通の生活を営みそれなりに幸せな生活を捨ててきたことを訴えるために。そして普通の生活にもどる権利もある。

 

それに、シリアの内戦もシリアだけのせいだろうかと思うのだ。よくわからないけど、欧米ももアメリカもアメリカの子分の日本も関係のないことなのだろうか。

 

「きょうね、すごく変なおしゃべりしちゃった」。ある晩、サラがテントの中で二段ベッドに腰をおろして言う。「ボランティアの女の子がいるんだけどさ、その子、わたしが難民だとは信じられないって言うの。わたしが携帯持ってて、髪の毛もきれいにしてて、アクセサリーをつけているから、だって」

「なんで?」。わたしは言う。

「マジな話」。サラが続ける。「シリアで暮らしていたころはノートパソコンを使ってたって言ったら、びっくりしてんの。シリアにコンピューターがあるとは知らなかったわ、だって。シリア人はみんな砂漠に住んでいると思ってたみたい。わたしたちだって前はふつうの生活をしてたんですよ、って教えてやったわよ」

 サラもわたしも大笑いした。ヨーロッパには中東の暮らしをよく知らない人たちもいる。いろいろ説明が必要になりそうだ。(P308~309)