ハン・ガン著『少年が来る』

 

少年が来る (新しい韓国の文学)

少年が来る (新しい韓国の文学)

 

 ハン・ガン著『少年が来る』。ひさしぶりに図書館へ行き、この本を借りてきた。ハン・ガンの『すべての白いものたち』を読んで、詩のように素敵だなと思ったので、この本も借りてみた。内容は知らなかった。読み進めていくと光州事件の真っただ中に放り出された。光州事件に詳しいわけではないけど、映画『タクシー運転手』を見ているので想像できる。でも、市街で市民が狙撃される様子は映画以上だった。大きく訴えることなく、深い悲しみと怒りを感じさせる。すごい作家だと思った。

 

 いろいろあって落ち着いて本を読めなかったので、この本で読書復活した。

 11月初めに夫が脳梗塞で倒れた。

 ちょうど長男が山の家に来ていて、その日は夫と二人で山から薪用の払い下げてもらった木を軽トラで何往復もして家に運んでいた。すべて運び終えて、夕方に夫と長男がウィスキーを飲みはじめた。

 わたしは部屋で映画『バイス』を観ていた。夕食はジンギスカンなので、用意も男二人でやることになっていた。映画でバイスが手を動かし、動きが悪いことがわかり、「病院へ行ったほうがいいな」と言っているときに、長男が部屋に来て「お母さん、お父さんの様子がおかしいんだけど」と言ってきた。テーブルに向かっている夫の体が傾き、よだれを垂らして、呂律がまわっていない。すぐに救急車を呼ぶ。

 長男が「お母さん、お父さんを見て声をかけるのでもなく救急車を呼んでいた」と言うが、誰だと思っているのよ。これでも医療機関で長く働いていたのよ。それでもって、救急隊員に「地元の病院へ行かないでください。〇〇病院へまっすぐいってください。そこに家があるのです」とお願いした。

 救急車が山の家に来るまで40分。大きな町の〇〇病院には高速に乗っても2時間弱はかかったけど、どうにか間に合ったよう。夫は頸動脈のステント手術もしたが、たいした障害も残らず2週間で退院した。夫は12月に締め切り原稿もあるので、ドクターに自分でリハビリすると言って退院させてもらったみたいだ。

 退院してからは、山の家ではなく町のマンションに住むことになった。老後に山の家に住めなくなった時のために買っておいたマンション。この春にローンが終わっていたが、こんなに早く住まいの拠点を移すとは思っていなかった。

 町に住めば、入院でお世話になった病院へもすぐに行ける。再発が怖いので、基本は町で暮らしてくれていたほうが、息子たちも安心だとお願いされた。春から秋は月に1回ぐらい山の家へ行って草を刈ったり、薪を割ったり用事をこなす。息子たちが来てもマンションに泊まる部屋はないので、山の家で集合する。先日、長男が結婚し、家族が増えた(コロナの時代なので式もなにもなし)。連休に山の家で宴会しようと話しているが、コロナはどうなるだろうか。

 夫が退院するまでの間に、山の家からの引っ越しをした。山の家もついでに断捨離。いつか着るかと思っていた服、使わない椅子やいろいろなものを山と捨てた。マンションは狭い。シンプルに暮らさないといけない。

 そしてわたしも山の家に居て、農的生活やステキな生活に逃避していないで、やることやらないといけないと考えた。お菓子やパン作り、手芸もやめる。道具を捨てる。とにかく捨てまくったな。Facebookもやめた。Facebookはわたしにはなにか過剰だった。美味しいものも素敵なお店もハートフルなイベントも年とると過剰に感じてきた。好きな本読んで、映画見て、仕事して、そっと暮らしたい。話の合う友だちなんていないのだ。

 そんな感じでバタバタし、車も燃費のいい車に買い替え(中古です)、マンションにコンパクトなベッドや机を買い、ようやく町の生活も落ち着いたところ。

 

 町で暮らすとよく歩くせいか、便秘が治った。