斎藤環・與那覇潤『心を病んだらいけないの?』

 

心を病んだらいけないの?: うつ病社会の処方箋 (新潮選書)

心を病んだらいけないの?: うつ病社会の処方箋 (新潮選書)

 

 『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』斎藤環・與那覇潤 (新潮社)

 

 わかりやすい本だ。わかりやすくもっともなことが書かれているけど、世間はこれをもっともだとは思っていない。お金のあることが人間の価値になり、人より上にいくことが目指され、医療の薬の問題は目の余るものがある。子どもの自殺も今年はすごいことになっていて、小学生から高校生が自殺する衝撃にもはや私たちは鈍感になっている。

 

 わたしは軽い躁うつ病なのかもしれない。以前、鬱で病院へいったら、リーマスが出された。たしかに躁状態でいろいろなことを乗り越えたが、ここのところずっと鬱状態である。そもそも社会を眺めると誰もが鬱になるような世界だから仕方ないけど。

 先日、夫が脳梗塞で倒れたときにまずはドクターから、悪い話を聞かされる。白い影は脳出血かもしれない。いきなり血液が流れ、もっと脳出血して死に至ることもある。障害も残るでしょう。

 涙は出てこない。

 さて、どうするか。

 夫はしがないライターで70歳を過ぎている。でも、年金もないのでまだ仕事している。わたしは夫がいくらもらって、いくらぐらい支出あるかなど知らない。確実にわかるのは貯金はないということだ。でも、家の必要経費は夫が払っていた。

 という訳で、夫を入院させ山の家に帰ってきてっから、夫の通帳を探し支出を調べる。カードなどの引き落としは、どれくらい残っているものか、夫のパソコン開き調べる。

 光熱費、車の保険、生協の支払い、wifi通信費などもろもろをわたしの口座からの引き落としにする。車の保険は長男が払ってくれるという。とにかくやることをやらないといけない。夫に収入なくなったら、私はもっと仕事を増やさないといけない。乗り切って行かなくてはと、なにか高揚して張り切っていた。

 そういえば、東日本大震災のときに、鬱の患者さんたちも水運び手伝ったり、みんなで協力して一時的に鬱が良くなったと患者さん本人から聞いたことがある。危機を前にすると「よしゃ!」と張り切るけど、日常が戻るとまた鬱ももどってくる。

 夫、とりあえず原稿書いているので無収入にならなくて済んだが、わたしが稼いで支えないといけないので、わたしも書き続けて行かないといけないし、仕事も辞められないのだった。すこし、躁状態に持っていきたい。