アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記1~6』

 年も明け、あっという間に20日大寒も過ぎてしまった。それにしても今年は雪が多い。

年末年始からもずっと山の家に帰らないで、町の家に暮らしていた。町の家はマンションなので、雪掻きは自分の駐車場のまわりくらいなもので楽である。山の家は雪に埋もれているだろう。

 お正月休みに息子たちの帰省がなかった(コロナ感染予防のためです)。

 息子たちがいない、夫婦2人だけのお正月は、子が生まれてからはじめて。

 お正月には、息子たちはたらふく食べるために帰ってきた。

 淋しいお正月かと思いきや、楽でいい。ゆっくりできる。

 息子たちいると料理してばかり。夫婦2人だけだと煮しめと刺身と少しのものでいい。かまぼこも伊達巻も本当は好きではないから買わない。

 お金もかからなくていい。

 これから毎年、お正月は夫婦2人で過ごしたい。

 息子たちには、連休か夏に山の家で集まろう。ジンギスカンやろうと話す。

 山の家でジンギスカンとかバーベキューで肉食べさせておけばいい。

 わたしも楽だ。

 断捨離でお菓子作る道具やいろいろ捨てた。もう凝った料理やお菓子も作らない。

 おやつは美味しいものをたまに買い、あとはリンゴで十分。

 

 というわけでお正月は、読書にあけくれる。

 図書館で『ゲド戦記』を借りてきて読みふける。息子が小さい時に買って読んだのに、内容を忘れている。本は長男が持っていってしまった。

 『ゲド戦記』1巻から3巻までの旅と戦いにひきこまれる。4巻目の『帰還』で思い出した。今までの冒険活劇と違う『帰還』に物足りなさを感じて、5巻6巻は読んでいなかった。『帰還』ではゲドは魔法をなくした老齢に足を踏み入れた静かな男だし、腕輪のテナーはたくましい百姓のおかみさんになっている。大きな事件もあるようなないような。テナーが育てるテルーとの出会いが大事なところ。

 しかし、老齢い足を踏み入れた中年女になって『帰還』を読むとしみじみするね。テナーが愛おしいし、ゲドと結ばれたときは「そうだよね、穴の中でゲドを見たときから好きになって目が離せなかったのだもの」と思った。実の息子と心が通じないで淋しい思いをするテナー。娘は優しいけど、嫁に行ってしまっている。普通の生活を選んだテナーが夫に先立たれ農園を守りながら地域とつながって生きてきたのに、ゲドが現れたことで自分の幸せをつかむのはいい。

 もしかしたら、ゲドは一瞬でも力を取り戻して、みんなを助けるのではないかと期待するのだが、『アースシーの風』でも活躍するのは女たちにとってかわられる。それぞれの女たちの描き方がおもしろくイメージができる。

 ゲド戦記が戦いの物語だとしても、『ハリーポッター』のように、杖から光をだして戦うとか武器による闘いではない。決着は言葉である。だから悪しきものを探す旅が物語で、決着はあっけなく終わる。真の名前や真実の言葉、言葉を信頼して頼りにする世界。竜もまたごうくつだけど、嘘をつけない生き物。

 お正月は『ゲド戦記』に耽っていました。老いて目が悪くなり、本も読めなくなったら、ボランティアの人に枕元で『ゲド戦記』を読んでもらいたいと思った。

 

 西洋のファンタジーの竜、ドラゴンのことは詳しくなったが、東洋の龍はどういう性質の生き物で、物語にどういう役割があるのか知りたくなった。