胡桃の木の下で 

日記ではなく備忘録になっています。忘れっぽくなってきたので。

好きなイギリス俳優が出ている映画2本。

 

スーパーノヴァ』 2020年 監督・脚本 ハリー・マックイーン

 

 主演は、コリン・ファーススタンリー・トゥッチ

 コリン・ファースは音楽家。スタンリー・トィッチは作家。ふたりは若い時に出会い愛し合い、30年連れ添って一緒に暮らしてきた。だが、作家は認知症となったようだ。冗談を言い、明るく振る舞うが、服を着るのが難しい、道がわからなくなる。音楽家は世話をする。

 男性同士の夫婦というのがじっくり上品に描かれている。家族や友達も二人を見守り心配する。まわりもいい人たち。ただ、書けなくなった作家には自分の最後に覚悟があった。

 映画はイギリスの湖水地帯をドライブする光景がつづく。わたしは走っても走っても看板ひとつない美しい景色に感心する。日本だったら、どんなに田舎へ行っても看板があちこちにある。きっと規制されているのだろう。

 

ネタバレになるので詳しく書けないが、ラストは『男と女 人生最良の日々』のようであったらいいなと思った。

 

 

『ファーザー』2020年 監督 フローリアン・ゼレール

 

 主演は、アンソニー・ポプキンズ。認知症を患った知的で頑固な父親役を演じてさすがだ。

 この映画は、主人公の混乱が私たちの混乱となる。どちらが現実なのか、このフラットは誰の家なのか。絵の位置が変わっていないのか。主人公の部屋だけは廊下の突き当りにあることは変わらない。いろいろなものが観ているほうも不確かになる。目が離せなくなる。現実で正しいことを判断しようと、自分の認知を守る。でも自信がないと目の前にあることを現実だと受け入れるしかない。確信が揺らぐ。人を疑う。さいごは自分を疑う。そして子どもに戻って守ってもらいたい。不確かな世界から安心する世界に。

 

ちょい役で出ていたマーク・ゲイティスを見ていたら、「シャーロック」を見たくなった。すでに2度みているのだが。しかし、この映画のなかで、高齢者虐待があることも暗示しているのかもしれない。

 

気がつけば、『スーパーノヴァ』も『ファーザー』も認知症について描かれている。イギリスも認知症になる恐れが強いのかもしれない。だからこそ『スーパーノヴァ』の最後はわたしには困るのだ。支援されることを嫌がる姿。それが自立した人間だと伝えていないだろうか。

そして映画に出てくる家庭は、どちらも生活が困らない階級の人たち。いい介護人や施設も選べるだろう。庶民の場合はどういう福祉制度がイギリスにあるのか気になるところだ。