『石原吉郎 シベリア抑留詩人の生と詩』 細見和之著

 

石原吉郎 - シベリア抑留詩人の生と詩

石原吉郎 - シベリア抑留詩人の生と詩

  • 作者:細見 和之
  • 発売日: 2015/08/24
  • メディア: 単行本
 

 図書館の本棚でなにげなくとった本。

石原吉郎の名は知っていたけど、詩も人生もよく知らなかった。

本人の作品より先に伝記を読んで予習みたいなものであるが、細見和之氏の文章がわたしには読みにくかった。

でも、石原吉郎の書いたものを読みたくなった。

 

シベリアからの帰還者は東北に多い。

山の家がある村にもシベリアから戻ってきたというおじさんがいた。

もう亡くなったけど、お酒の好きな陽気なおじさんだった。

村に帰ってきたら、長男も次男も戦死していて、三男のおじさんが家を継いだ。(息子が2人も戦死! 庶民はこういう悲しみに耐えるしかなかった。)

おじさんからシベリアの苦労話など聞いたことはなかった。

いつも酔っぱらってバカ話をしていた。優しくて人気者だった。

亡くなってから、奥さんから、シベリアから帰ってきたら「アカかと疑われて、警察が様子を見に来たもんだ。なにがアカかよ。ほでないとうちゃんだ」という話を聞いた。

おじさんは何も話さなかったけど、どんな苦労と思いがあったことか。生きているうちに聞いておきたかった。

石原吉郎の伝記を読んで、シベリア抑留者は捕虜や囚人として悲惨な労働の生活の上に帰還後も「アカではないか」と仕事にもつけなかったり苦労は絶えなかったことを知った。お国のために戦って、帰ってきたら白い目で見られる。もっとこういうことを学校で教えてほしい。石原吉郎の書いたものが教科書にも載ったというが、今はどうなんだろう。シベリア抑留は過酷だったという話で終わりにしないで、国の責任というものを考え合うことはこの国ではできないだろう。

この国では、あの戦争を反省していないのだから、また同じことが起こるだろう。戦争に反対すれば「アカ」と言われ、同調圧力のもとになにも言えなくなる。いまでさえ、「平和」というTシャツを着ていたら職務質問されたなどという、嘘のような話が聞こえてくる。

あまり考えると絶望しか見えてこない。石原吉郎ではなく、澁澤龍彦に逃げたくなる。

礒崎純一『龍彦親王航海記』

 

龍彦親王航海記:澁澤龍彦伝

龍彦親王航海記:澁澤龍彦伝

  • 作者:礒崎 純一
  • 発売日: 2019/10/31
  • メディア: 単行本
 
 

『龍彦親王航海記』 礒崎純一著 (白水社)

 

 澁澤龍彦の伝記である。わたしも若い頃好きだった。『ねむり姫』や『高丘親王航海記』等は日本文学の中では気に入った作品で、いまでも私の本棚にある。澁澤龍彦の訳した『ポトマック』(コクトー作)もずっと持っていた。いまでも絵を覚えている。これはどこかで手放してしまったようだ。

 この自伝でいちばん衝撃だったのは、澁澤龍彦がハンサムだったこと。ジャニーズ的に今でも通用するようなイケメンではないか。わたしはサングラスをして長髪の澁澤龍彦の写真しか見たことが無かった。そうか、顔が良いから隠すためにサングラスをしていたのではないかと思った。

 澁澤龍彦の物語は虚構で下敷きがあり、メルヘン。人間の葛藤やモラルもないという批判もあるようだが、人間のドロドロがないというところが私は気に入っていたのかもしれない。20代の大学では卒論が泉鏡花だったので、その流れで澁澤龍彦の物語がすんなり私に入ってきた。

 澁澤龍彦ぐらいなオタクや教養がある人は、現代にいっぱいいるだろうけど、だれも彼のような物語は紡げない。

映画『マリッジ・ストーリー』

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監督:ノア・バームバック

主演:アダム・ドライバー / スカーレット・ヨハンソン

 

久しぶりに映画を見る。

12月にネットフリックスに入った。

「愛の不時着」を見るためだ。見ましたよ。けっこう長くて少し飛ばしながら見た。

面白い。脇役の人たちがいいね。主人公2人はきれいだけど、何回も別れては再会を繰り返すのに飽きたかな。ウィーンでの偶然の出会いを覚えていないのも不思議だ。でも、個性ある隊員たちや悪役、北朝鮮のおばさんたち、セリの部下、主人公の家族たち、隅々に気持ちが行き届いてセリフが生きている。こういうドラマが日本では作れないのだろうか。

それから「アンという名の少女」も見た。

でも、ネットフリックスを解約した。

冬休みが終われば、動画を見ている暇がない。Amazonプライムがあれば十分だ。

解約しても1/25まで観られるとある。きのう、何か見るものないかな、ドラマはダメだ時間かかる、映画でと探したら「マリッジ・ストーリー」があった。アダム・ドライバースカーレット・ヨハンソンのファンとしては見たかった映画だ。

 

なかなか良かったのでは。二人が罵り合い泣き崩れる場面は長かったけどリアリティがある。それにしてもアメリカの離婚裁判はお金がかかるのだ。

妻側の弁護士は、「でたー!」という感じでローラ・ダンが出てきた。相変わらずセリフをまくしたて威厳がある。去年、Amazonプライムで見ていた「Big Little Lies」でも弁護士のチョー上から目線のママ役だった。「スターウォーズ」や「ストーリー・オブ・マイライフ」に出たりしているから売れている俳優なのだろう。

 

アダム・ドライバーの歌も聞けたし、「ニューヨークは歩ける」という言葉も笑った。規模は小さすぎるが、うちの夫婦でも「町は歩ける」「山の家は広い」で争う。

それから、見たことのある老俳優が何人かいた。懐かしい顔ぶれにほっこりもしたのだった。

 

Big Little Lies (English Edition)

Big Little Lies (English Edition)

 

 

 

 

 

アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記1~6』

 年も明け、あっという間に20日大寒も過ぎてしまった。それにしても今年は雪が多い。

年末年始からもずっと山の家に帰らないで、町の家に暮らしていた。町の家はマンションなので、雪掻きは自分の駐車場のまわりくらいなもので楽である。山の家は雪に埋もれているだろう。

 お正月休みに息子たちの帰省がなかった(コロナ感染予防のためです)。

 息子たちがいない、夫婦2人だけのお正月は、子が生まれてからはじめて。

 お正月には、息子たちはたらふく食べるために帰ってきた。

 淋しいお正月かと思いきや、楽でいい。ゆっくりできる。

 息子たちいると料理してばかり。夫婦2人だけだと煮しめと刺身と少しのものでいい。かまぼこも伊達巻も本当は好きではないから買わない。

 お金もかからなくていい。

 これから毎年、お正月は夫婦2人で過ごしたい。

 息子たちには、連休か夏に山の家で集まろう。ジンギスカンやろうと話す。

 山の家でジンギスカンとかバーベキューで肉食べさせておけばいい。

 わたしも楽だ。

 断捨離でお菓子作る道具やいろいろ捨てた。もう凝った料理やお菓子も作らない。

 おやつは美味しいものをたまに買い、あとはリンゴで十分。

 

 というわけでお正月は、読書にあけくれる。

 図書館で『ゲド戦記』を借りてきて読みふける。息子が小さい時に買って読んだのに、内容を忘れている。本は長男が持っていってしまった。

 『ゲド戦記』1巻から3巻までの旅と戦いにひきこまれる。4巻目の『帰還』で思い出した。今までの冒険活劇と違う『帰還』に物足りなさを感じて、5巻6巻は読んでいなかった。『帰還』ではゲドは魔法をなくした老齢に足を踏み入れた静かな男だし、腕輪のテナーはたくましい百姓のおかみさんになっている。大きな事件もあるようなないような。テナーが育てるテルーとの出会いが大事なところ。

 しかし、老齢い足を踏み入れた中年女になって『帰還』を読むとしみじみするね。テナーが愛おしいし、ゲドと結ばれたときは「そうだよね、穴の中でゲドを見たときから好きになって目が離せなかったのだもの」と思った。実の息子と心が通じないで淋しい思いをするテナー。娘は優しいけど、嫁に行ってしまっている。普通の生活を選んだテナーが夫に先立たれ農園を守りながら地域とつながって生きてきたのに、ゲドが現れたことで自分の幸せをつかむのはいい。

 もしかしたら、ゲドは一瞬でも力を取り戻して、みんなを助けるのではないかと期待するのだが、『アースシーの風』でも活躍するのは女たちにとってかわられる。それぞれの女たちの描き方がおもしろくイメージができる。

 ゲド戦記が戦いの物語だとしても、『ハリーポッター』のように、杖から光をだして戦うとか武器による闘いではない。決着は言葉である。だから悪しきものを探す旅が物語で、決着はあっけなく終わる。真の名前や真実の言葉、言葉を信頼して頼りにする世界。竜もまたごうくつだけど、嘘をつけない生き物。

 お正月は『ゲド戦記』に耽っていました。老いて目が悪くなり、本も読めなくなったら、ボランティアの人に枕元で『ゲド戦記』を読んでもらいたいと思った。

 

 西洋のファンタジーの竜、ドラゴンのことは詳しくなったが、東洋の龍はどういう性質の生き物で、物語にどういう役割があるのか知りたくなった。

 

 

斎藤環・與那覇潤『心を病んだらいけないの?』

 

心を病んだらいけないの?: うつ病社会の処方箋 (新潮選書)

心を病んだらいけないの?: うつ病社会の処方箋 (新潮選書)

 

 『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』斎藤環・與那覇潤 (新潮社)

 

 わかりやすい本だ。わかりやすくもっともなことが書かれているけど、世間はこれをもっともだとは思っていない。お金のあることが人間の価値になり、人より上にいくことが目指され、医療の薬の問題は目の余るものがある。子どもの自殺も今年はすごいことになっていて、小学生から高校生が自殺する衝撃にもはや私たちは鈍感になっている。

 

 わたしは軽い躁うつ病なのかもしれない。以前、鬱で病院へいったら、リーマスが出された。たしかに躁状態でいろいろなことを乗り越えたが、ここのところずっと鬱状態である。そもそも社会を眺めると誰もが鬱になるような世界だから仕方ないけど。

 先日、夫が脳梗塞で倒れたときにまずはドクターから、悪い話を聞かされる。白い影は脳出血かもしれない。いきなり血液が流れ、もっと脳出血して死に至ることもある。障害も残るでしょう。

 涙は出てこない。

 さて、どうするか。

 夫はしがないライターで70歳を過ぎている。でも、年金もないのでまだ仕事している。わたしは夫がいくらもらって、いくらぐらい支出あるかなど知らない。確実にわかるのは貯金はないということだ。でも、家の必要経費は夫が払っていた。

 という訳で、夫を入院させ山の家に帰ってきてっから、夫の通帳を探し支出を調べる。カードなどの引き落としは、どれくらい残っているものか、夫のパソコン開き調べる。

 光熱費、車の保険、生協の支払い、wifi通信費などもろもろをわたしの口座からの引き落としにする。車の保険は長男が払ってくれるという。とにかくやることをやらないといけない。夫に収入なくなったら、私はもっと仕事を増やさないといけない。乗り切って行かなくてはと、なにか高揚して張り切っていた。

 そういえば、東日本大震災のときに、鬱の患者さんたちも水運び手伝ったり、みんなで協力して一時的に鬱が良くなったと患者さん本人から聞いたことがある。危機を前にすると「よしゃ!」と張り切るけど、日常が戻るとまた鬱ももどってくる。

 夫、とりあえず原稿書いているので無収入にならなくて済んだが、わたしが稼いで支えないといけないので、わたしも書き続けて行かないといけないし、仕事も辞められないのだった。すこし、躁状態に持っていきたい。

ハン・ガン著『少年が来る』

 

少年が来る (新しい韓国の文学)

少年が来る (新しい韓国の文学)

 

 ハン・ガン著『少年が来る』。ひさしぶりに図書館へ行き、この本を借りてきた。ハン・ガンの『すべての白いものたち』を読んで、詩のように素敵だなと思ったので、この本も借りてみた。内容は知らなかった。読み進めていくと光州事件の真っただ中に放り出された。光州事件に詳しいわけではないけど、映画『タクシー運転手』を見ているので想像できる。でも、市街で市民が狙撃される様子は映画以上だった。大きく訴えることなく、深い悲しみと怒りを感じさせる。すごい作家だと思った。

 

 いろいろあって落ち着いて本を読めなかったので、この本で読書復活した。

 11月初めに夫が脳梗塞で倒れた。

 ちょうど長男が山の家に来ていて、その日は夫と二人で山から薪用の払い下げてもらった木を軽トラで何往復もして家に運んでいた。すべて運び終えて、夕方に夫と長男がウィスキーを飲みはじめた。

 わたしは部屋で映画『バイス』を観ていた。夕食はジンギスカンなので、用意も男二人でやることになっていた。映画でバイスが手を動かし、動きが悪いことがわかり、「病院へ行ったほうがいいな」と言っているときに、長男が部屋に来て「お母さん、お父さんの様子がおかしいんだけど」と言ってきた。テーブルに向かっている夫の体が傾き、よだれを垂らして、呂律がまわっていない。すぐに救急車を呼ぶ。

 長男が「お母さん、お父さんを見て声をかけるのでもなく救急車を呼んでいた」と言うが、誰だと思っているのよ。これでも医療機関で長く働いていたのよ。それでもって、救急隊員に「地元の病院へ行かないでください。〇〇病院へまっすぐいってください。そこに家があるのです」とお願いした。

 救急車が山の家に来るまで40分。大きな町の〇〇病院には高速に乗っても2時間弱はかかったけど、どうにか間に合ったよう。夫は頸動脈のステント手術もしたが、たいした障害も残らず2週間で退院した。夫は12月に締め切り原稿もあるので、ドクターに自分でリハビリすると言って退院させてもらったみたいだ。

 退院してからは、山の家ではなく町のマンションに住むことになった。老後に山の家に住めなくなった時のために買っておいたマンション。この春にローンが終わっていたが、こんなに早く住まいの拠点を移すとは思っていなかった。

 町に住めば、入院でお世話になった病院へもすぐに行ける。再発が怖いので、基本は町で暮らしてくれていたほうが、息子たちも安心だとお願いされた。春から秋は月に1回ぐらい山の家へ行って草を刈ったり、薪を割ったり用事をこなす。息子たちが来てもマンションに泊まる部屋はないので、山の家で集合する。先日、長男が結婚し、家族が増えた(コロナの時代なので式もなにもなし)。連休に山の家で宴会しようと話しているが、コロナはどうなるだろうか。

 夫が退院するまでの間に、山の家からの引っ越しをした。山の家もついでに断捨離。いつか着るかと思っていた服、使わない椅子やいろいろなものを山と捨てた。マンションは狭い。シンプルに暮らさないといけない。

 そしてわたしも山の家に居て、農的生活やステキな生活に逃避していないで、やることやらないといけないと考えた。お菓子やパン作り、手芸もやめる。道具を捨てる。とにかく捨てまくったな。Facebookもやめた。Facebookはわたしにはなにか過剰だった。美味しいものも素敵なお店もハートフルなイベントも年とると過剰に感じてきた。好きな本読んで、映画見て、仕事して、そっと暮らしたい。話の合う友だちなんていないのだ。

 そんな感じでバタバタし、車も燃費のいい車に買い替え(中古です)、マンションにコンパクトなベッドや机を買い、ようやく町の生活も落ち着いたところ。

 

 町で暮らすとよく歩くせいか、便秘が治った。

映画『ストーリー・オブ・マイライフ』

 

 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 2020年

 監督:グレタ・ガーウィッグ

 主演:シァーシャ・ローナン

 劇場で観たかったけれど見逃してしまいましたが、Amazonプライムでようやく観れました。

 主演のシァーシャ・ローナンの魅力が最大限引き出され、映画が成功しているように思う。キャストは大事だ。1949年版の『若草物語』のジョー役ジューン・アリスンのほうがパンチはあるけど、生き生きとしたジョーが描けていた。シァーシャ・ローナンは、日本だったら黒木華だなと思いながら観た。ふたりとも好みだ。『若草物語』のストーリーは誰もが知っているけれど、過去と現在を交差させる編集で他の『若草物語』との違いを出している。自分の好きな世界をこのように再現してできるのは楽しいだろうな。どの『若草物語』の映画でも一番難しいのは四女役のエイミーだと思う。エイミー役はエリザベス・テイラーにはかなわない。仕方ないかもしれない。

 

 

 

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