胡桃の木の下で 

日記ではなく備忘録になっています。忘れっぽくなってきたので。

秩父浦山ぐらし

秩父 浦山ぐらし

秩父 浦山ぐらし

 虐待の本を読んだ後には、斎藤たまさんとパートーナーの黒倉正雄さんの本を読み始める。
 申し訳ないけれど、知ってしまった責任はあるけれど、山の生活に逃げ込みたくなる。自然と共に暮らして、大変な人たちのことは忘れたい。
 なぜ、患者さん達がそんなに自分にこだわるのかと思った。みんな考えが、一見深いのだ。「自分は生きている価値がない」「未来はない」等々。そう言われれば、私もそうだけれど、まあいいじゃない。価値がなくても生きてても。プリプリ観て泣けるし、今日はラジオで亡くなった吉田秀和さんの特集番組を聴いていて、やはりバッハとモーツァルトは好きだなと思い、7時からはビートルズ特集ではないか、聴かなくてはと思う。自分から逃げているのかもしれない。人の作ったものに感動して、自然に感動して、自分から目をそらしているのだろうか。
 でも、基本自分はたいしたことないと思う。食べて寝て、好きなことして、自分なんてものがどこにあるのか。ファンタジーの中に生きているのだとしても、自分にこだわりすぎるのは疲れる。
 しかし、自分にこだわるには訳があった。これが仕方ないことなのだと段々わかってきた。
 私の役目は、世界には面白いことあるよと伝える事なのだろうか。