胡桃の木の下で 

日記ではなく備忘録になっています。忘れっぽくなってきたので。

Kindle Paperwhite

 山の家に置いてあった泉鏡花全集を売ろうかと紐でまとめて盛岡へ持ってきた。もともと古本屋で買ったものだし、ボロボロにちかいものだが、捨てるにはもったいないように思い、千円にでもなればと思った。昔大学を出た時の卒論は泉鏡花だった。この全集を買ったために家賃が払えなくなって、大家さんに支払いを待ってもらった。想い入れのある本を売らなくてもいいのだが、流れ者なのだから身は軽くしておきたい。ときどき行く古本屋に「買ってくれるものだろうか」と聞いた。
 店主曰く「買えない」である。だって、売れないのだそうだ。場所取りになるだけである。そうか・・・、いまどき泉鏡花なんて読まれないだろう。夫は「家に置いておけばいいではないか」というので、また盛岡の家に置いたままにしていた。
 その夫が今朝「Kindle Paperwhiteを買う」と言う。「なんだ」と言ったら、「amzonnを開くと広告出ているだろう」とのこと。このところ忙しくてネットも見ていなかった。新聞に書いてあったあれですか、電子書籍リーダーですね。夫が言うにな、著作権が切れている本一万冊以上が無料で読めるとの事。夫は夏目漱石や古い本を読み返すので、新幹線の中で読むにはいいよと言う。そこはすごい、ラジオで源氏物語の話をしていて、「そんなこと書いてあったんだ」と思った時にすぐに確認できるのね。たぶん、泉鏡花も無料で読めるのだろう。古本が売れなくなる訳だ。
 やっと泉鏡花を捨てる気になった。私もKindle Paperwhite
を買いたくなった。新幹線に乗るときにぶ厚い本を持って行かなくていいのね。歳をとると最近は大荷物を持って歩きまわるのは辛い。本を減らしてもいける。読み物は電子書籍で読み、絵本などだけ手元におけばいいのだ。それに、日々amazonnで本を買っているので、購入するという抵抗感もない。
 これがいいことかどうかわからない。古い人間としては、卒論やレポートを書くために図書館や古本屋をめぐったことが思い出される。でも、それはそれとして残っていくのかしら、電子書籍で読むだけではない本の需要というのもあるはずだ。手元に置いておきたい本はある。しかし、かさ張る古典や一度しか読まない新書や話題本は電子書籍で間に合う。ただ、友達と貸し借りはできなくなるのかしら。我が家は、2台購入する予定となった。