胡桃の木の下で 

日記ではなく備忘録になっています。忘れっぽくなってきたので。

財部鳥子『天府冥府』

 

『天府 冥府』 財部鳥子 (講談社)

 

 詩人・財部鳥子の自伝的の小説である。

「天府」は満州のジャムスのホテルに暮らす一家の様子が描かれる。中国人に囲まれゆったり時間は流れる外で、匪賊の中国人の死体が転がっていたりする。幼い目で作者は見つめていく。

「冥府」は一転して、難民となる。日本は負けた。弟が無邪気に「神風は吹かなかったね」という言葉に大人は何も言えない。ソビエト軍が進行する中の逃避行。主人公は頭を坊主にして少女であることを隠し少年となる。少年となり空き家荒らしをし、得体のしれない中国人とも知り合いになる。考えることは食べることである。団長だった父も妹もチフスで死んだ。父が死ぬと母は「もうびくびくしないですむ」とつぶやく。父は偉い人でDV男でもあった。

財部鳥子は母と弟と日本に帰つてきたが、自決した団の人たち、殺された人たち、誘拐されて犯されて殺された女性。ふだん威張っていた男たちは女性を守るどころか、女性を差し出して生き延びようとする。男も兵隊も役立たず。あんなに威張っていたのにね。

これらのことを財部鳥子が見てきたといっても、日本では理解してくれる人も少なかったのだろう。修羅場を潜り抜けてきた人ではないとわからないことがある。だからこそ、詩を書くしかなかったのかもしれない。

小説はこれ1冊である。

 

 

満州について書かれた本はたくさんあり、どれも悲惨であり日本の愚策の結果は庶民が苦しむことになる。満州の手記を読めば、満州に行けば家や広大な畑つきだといわれて、農家の次男三男は夢を持って大陸に渡ったとある。そういう方の手記には、次のように書かれていることが多い。自分たちは中国人を家から追い出しそこに住んだのだ。そんなこととは知らなかった。匪賊といっても、中国人に恨まれるのは当然だ。自分たちの方が強盗だったのだ。戦後になって気がつくのである。

 

夢の国は、よその国のものを奪ってつくろうとした。武力で中国人を従わせた。武力がなくなれば、仕返しに来るのは必然だ。そのなかでも、親しくしていた中国人が助けてくれた話も多い。「人には親切にしておくものだと思った」という人もいる。人間同士のつき合いとして、雇った中国人によくしていた人たちもいる。

ほんの少しは、日本人も中国人もロシア人も仲良く暮らせる雰囲気もあったかもしれないが、それは嘘からはじまった国なのであまりにもろかった。

 

ロシアにウクライナが侵攻してから10日あまり。国外に逃げる人も日に日に多くなっているようだ。日本でも昨日は新宿で大きなデモもあったらしい。ラジオで「自分の時代にこんな戦争があるなんて」という言葉を聞いた。

えっ、アフガンやシリアの爆撃があったじゃない。アメリカが大量破壊兵器があるといって、爆撃したことや、たくさんの難民がでたことは関係があるように思うのだけど、あれは戦争ではないのかな。内部抗争と思われているのかしら。ユーゴスラビア紛争はどうだろう。

それはともかく、どういう解決の道があるのかわからない。プーチン大統領のやっていることは時代錯誤に思える。権力をもつとすべてをコントロールしたくなるのだろうか。市民や兵士の死などなんでもない。偉い人はいつも生き残るのである。満州をあんなことにしたのに、だれも責任はとらない。土地から追い出した中国人や満州で苦労して逃げてきた人たちにお詫びしたとか賠償したという話も聞いたことがない。

偉い人は生き残って、自分の都合のいい歴史を語っていく。

だから、民衆のオーラルヒストリーが大事なのだけど、いまの教育では教えられないことなのだろう。

 

戦争反対の熱狂が、いつしか愛国心と「国を守るためなら戦う」熱狂に変わらないかを心配する。